2006年11月4日 リベラルタイム12月号 
 

日本の底力

 世界が日本に対して、やっかみを持ち、尊敬し、それを欲しがっているものは何だろうか。まさしくそれは日本の″ものづくり″である。

 原材料や燃料の80%以上を輸入に頼る我国は、輸入した原材料に付加価値をつけ、魅力的な工業製品として世界のマーケットに提供している。それで得た巨額の外貨(貿易黒字)で、世界でも有数の経済大国となった。

 七十年前、戦艦大和やゼロ式艦上戦闘機、酸素魚雷等、列強から見れば信じられない高性能兵器を製作する技術を日本は有していた。だが、周知の通り、日本の主要都市は勿論、四十以上の地方都市、全ての軍需工場がB−29戦略爆撃機により壊滅された。日本のものづくりは終わったかのように見えた。

 しかし、日本の底力は凄まじかった。戦後19年目の1964年には世界に誇る新幹線を開通。コンピュータで運行を管理し、その安全性は世界でもトップクラスである。向こう三十年、中国や、韓国等のアジア諸国では、海外の技術支援なくしては新幹線級の高速列車はできないといわれている。

今日も日本では、ハイブリッド車、環境技術、工作機械からデジカメ、液晶等、世界をまたにかける商品がリリースされ、「MADE IN JAPAN」のブランドカを高めている。

中小製造業に対する偏見

 一見、華やかに見える我国のものづくり。しかし、その基礎を陰で支える「中小製造業」の市民権はないに等しい。数年前、近所の工場を社会科見学した中学生に対し、教師はこう伝えたという。「勉強をしなければ、君たちはあのような危険で汚い工場で働くことになるぞ…」。

 これは、中小製造業は「3K」という、全くの偏見だ。近年の製造現場は安全で綺麗である。環境問題も考え、人に優しい工場が主流である。ものづくりのイロハや国際経済の現状を理解できない教師が、そのような発言をする資格はない。それに、未来を支える若者たちに誤った認識を植えつけることになる。日本人は、経済を支えてきた製造業のあり方というのを、もっと広く知るべきだ。

 当社はプレス金型の製造販売と、その金型を使い自動車部町品を主力として生産している。大手製造業を支える下請け製造業(サポーティングインダストリー)は当社に限ったことではないが、年々技術や品質面、コスト低減等でものづくりのレベルは進化している。一方で、日々変化する技術力に対応できない中小製造業は、
淘汰され、置いていかれる。各社、その流れに必死についていこうとする。

 新車や家電製品が発売されるたびに驚くような新技術が盛り込まれている。「高性能」になる一方、価格がそれほど高くならないのはなぜか。

 それはメーカーの開発技術と下請け企業のたゆまぬ改善努力の結果である。

 韓国では二十年前より大学に「金型設計学科」等を設立し、国家の方針として金型産業の育成に熱心に取り組んでいる。最近になって、日本でも経済産業省をはじめ、政府が金型の重要性を認識するようになった。

 逆にいえば、いままでほとんど「放置」されていたにも等しい。それにもかかわらず、なぜ日本の金型企業が世界のトップを走り続けられたのだろうか。
 
  それは、先に述べた業界の努力に加え、工作機械や工具、材料メーカー等が、世界にない新技術を金型企業に提供してきたことにある。また、顧客であるメーカーが次々に新製品を開発する度に、金型企業は常に未経験の複雑な部品形状に挑戦し続けた。

  それが自然と製造業の技術力を高めた。また、ものづくりに愛着を持ち、定年まで職を変えない「職人」的な技術者の存在も大きい。これは先進国でも希な、日本独自の職業観である。

メーカーの理解

 戦後、日本がこれほどの発展を見せたのは、団塊世代の職人の存在が大きい。彼らは近々第一線から退くが、次世代に上手く引き継ぐのは容易ではない。年々労働人口が減少している中、従来のように若くて優秀な新卒者を採用できるかどうか、業界は真剣に頭を痛めている。

  新卒者の就職に対する需給のバランスが崩れれば、残念ながら中小製造業の苦戦は避けられない。資源のない日本で製造業が衰退することは、国家の破産を意味する。一刻も早く、国を挙げてこの問題に手を打たなければいけないのだ。

 外国人技術者に、日本の技術力を継承するのも方法の一つである。近年、アジア諸国に「外注」する動きを、「けしからん」と思っている人がいるが、日本の技術力を維持するためには、しかたないことなのだ。

  当社は十年前にフィリピンで本社と同じ業種で子会社を設立した。現地八十名の社員のうち二五%の社員は本社の技術者と同レベルの技術を習得し、現在も日本の技術をダイレクトに伝えている。将来、日本で雇用難の事態になった時、彼らに応援に来てもらえば、どの国にも負けない高性能で、安い価格の金型を提供する自信がある。外国の技術者に頼むと一言でいっても、技術力のわからない現地の工場に低コストで外注することではない。

 しかし、現実は厳しい。日本から海外へは自由に長期駐在できるが、海外から日本への長期ビザは、技術者でさえ簡単に出ないという「アンフェア」な状況が残っているからだ。これでは、時間が迫っている技術の継承も簡単には進まない。法務省には我々の業界に、またものづくり国家ニッポンのために理解を示していただきたい。

 また、厚生年金の受取額の減少、支給時期の延期、さらに社会保険料の値上げ等もネックになる。政府に認識してもらいたいのは、現在当社が六十八名の社員に社会保険料を負担している費用だけで、フィリピンであれば百五十名の社員を雇えるという事実である。現在一三%の社会保険料が一八%に値上げとなれば、二百名以上、インド、ネシアであれば二百五十名を雇うことができる。

 いかに日本人がものづくりに長けているとしても、将来、アジア諸国にものづくりで負ける事態になりかねない。年金・保険のショートを回避するための値上げをしたいことも理解できるが、日本の国際競争力といった事情も熟慮していただきたい。

 近年、需給にアンバランスが生じたためか、メーカーから金型が異常に安い価格で発注されていて、ほぼ半数の金型企業は赤字を強いられている。金型企業は高額な設備投資に加え、社員の教育に十年以上かかる。
 
  一度日本から金型企業がなくなれば、再出発は容易ではない。これは、金型業界のみならず、すべての中小製造業でいえることだ。厚かましくもこの機会にメーカー・得意先様のご理解をお願いしたいものである。


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